2004年入社 店長|人を知る|津田屋 採用サイト|千葉・神奈川|「イエローハット」「コスモ石油」運営

株式会社津田屋
Yasuda.W
入社年
2004年
前職
小売業(服飾販売)
出身地
千葉県南房総市
出身校
館山高校
趣味
音楽鑑賞、サッカー観戦
好きな言葉
一期一会

初めての就職での失敗から得たこと。

Yasuda.W

高校卒業して最初に勤めたのは、美容院。単純に美容師という職業に憧れていたんです。ただ、初めての仕事、初めての一人暮らし。夢と現実とのギャップは大きかった。体調も崩してしまい、半年も経たないうちに辞めてしまいました。
その後、洋服に興味があったので、しばらくアパレル販売のアルバイトをしていましたが、友人が社会に出てしっかり仕事をしている姿を見て、再度就職活動を開始。当時は、ワゴンRに乗っていて、車をピッカピカに磨くのが好きだったので、車に関わる仕事もアリかなと。ツナギを着たメカニックもカッコいいかなと思い、 2004年に津田屋に入社しました。

就職活動を始めた時に決めていたのは、「次の就職先は、何が何でも長く続けよう」ということ。社会人一年目で勤めた美容院は長続きしなかった。結局、自分は辛いことから逃げたんだという、大きな挫折感、敗北感があり、新しい職場では、絶対に逃げたくなかったんです。そんな想いがあってか、苦節はありながらピット作業にも徐々に慣れ、仕事が楽しくなっていきました。

元々、私はインドア派。外に出て体を動かすよりも、どちらかと言えばウチにいるのが好きな性格なので、ツナギを着て、点検作業や部品の取り付けをコツコツとやるピット作業は性に合っていたんだと思います。

望まぬ転機から得られた「やりがい」と「自信」。

Yasuda.W

大きな転機は2006年。ピットスタッフからフロアスタッフへの配置転換です。正直に言えば、当時はピット作業を続けたかった。店長にも直談判しました。でも、配置転換は覆らなくて、辞めることも頭によぎりました。でも、「長く続けよう」という最初の思いと、これまで教えてもらったことを無駄にしたくないという気持ちもあって、最終的にはフロアスタッフとして頑張ることを決意しました。
最初の担当は、オーディオの接客・販売でした。ピットにいたので、商品の知識はあったのですが、自分から積極的にお客様に声を掛けるのは元来苦手。お客様にどのように話をすればよいのか、商品の魅力をわかりやすく説明するためにはどうすれば良いのかなど、とにかく工夫を続けました。そう して仕事に取り組む中、私にとって衝撃的な出来事が起こります。
それは、「自分の提案・説明」が、お客様の商品選定の決め手になるという出来事。フロアスタッフにとっては、ある意味当たり前かもしれませんが、自分の説明・提案を信じて、購入を決めいただけるんです。それがとても嬉しくて、同時に面白く感じたんですね。

その後は、お客様の車を見て、その方のライフスタイルを踏まえて商品を提案するなど、話しの組み立て方も自分なりに創意工夫を重ね、お客様に購入していただく機会がドンドン増えていきました。それと同時に、フロアスタッフから頼られることも増え、自信につながっていきました。研修や勉強会を通して、お客様の要望を引き出す接客テクニックを学ぶ機会も多々ありますが、私にとって一番学べるのは「現場」。スタッフにも積極的にお客様と接し、学んでほしいですからね。

「スタッフと店の在庫を、お前に任せる」挑戦させてくれる社風。

Yasuda.W

「何事もまず挑戦してみよう」という社風が、津田屋らしさですね。入社して7年経った、2011年。ついに店長のポジションを任されることになりました。入社当時、なかなか結果を出せずに、モチベーションも上がらない日々から考えると大出世です。上司から抜擢してもらったのは嬉しかった。店長を任されたときに上司に言われたのは、「スタッフと店の在庫を、お前に預ける」という一言。たしかに店長の責任は重大。プレッシャーは大きかったのですが、店を一つ任されるということへの意欲が上回りました。是非チャレンジしてみたいと思ったんです。

店長として心がけていることは二つ。一つは「背中で見せる」ということ。店長だからと、バックヤードで指示出しばかりしているのではなく、むしろ基本的な仕事から積極的に参加し、現場のスタッフと一緒に仕事に取り組むようにしています。もう一点は、スタッフの不安を取り除いてあげること。

休みの日に見た映画の話や、夢中になっているゲームの話など、仕事以外の話も交えながらなんでも相談できる空気感をつくっています。スタッフが安心して、信頼しあって仕事するためにも、コミュニケーションは大事ですからね。

逃げない姿勢から得られたこと。変わることができる場所。

Yasuda.W

私の社会人人生は、出だしから挫折と失敗の連続でした。最初の勤務先は、すぐに辞めてしまった。入社当初もピット作業が中心で、苦手なことを避けて自分の殻に閉じこもっていました。そんな自分に、新しい活躍の場を与え、成長を促してくれたのが上司や先輩、同僚たちだったんです。

これまでに心が折れそうになったことは何度もあります。そうした時、社内の仲間からの助言で何度も救われました。さらに、若い方から、家族連れ、シルバー世代まで多くのお客様と接し、お客様の要望に応えていくことで、私自身が前向きに変化することができました。

私の好きな言葉は、「一期一会」。まさに社内外、数多くの人との出会いで、自分を変えることができました。逆を言えば、自分が存在することで、地域の人々や店舗を変えることもできる。毎日が変化の連続。だから、日々楽しんで仕事をしています。

人生グラフ

高校在学中はあまり人前で何かをすることが得意ではなく、クラスの中でも目立たない方でした。

美容師に憧れて就職。体力・精神力ともに続かず、1ヶ月も持たず退社。後に「もっと頑張れた」と、とっても後悔しました。アパレル販売スタッフのアルバイトを始める。

いつまでもアルバイトではいけない!と思い、正社員になることを決意。車をいじることはあまりなかったが、洗車やワックスがけは好きだったこともあり、当時は、車が好きだからという理由で津田屋のピットスタッフの募集に応募。無事内定をもらう。

ピットスタッフとして入社。鴨川店で2ヶ月間だけ勤務。その後オープン間もない館山店に異動。仕事をしているうちに、気付けば車をいじることが好きになっていました。

作業や各業務での細かなミスなどが多く、先輩社員から「お前が触ると壊れるから触るな」などの注意を受ける。仕事を続けるかどうかを真剣に悩む。

新卒で入社した美容室を1カ月たたずに辞めてしまった過去を思い出し、「ここで逃げ出してはいけない!」「これまでお世話になったみなさんの気持ち、自身の努力を無駄にしてはいけない」という思いから辞めることを踏みとどまる。心を入れ替えて、ミスのないよう業務に邁進する日々を開始。

フロアスタッフの不足を理由に配置換え。「まだまだピットとして作業をやりたい」と当時の店長に直談判するも、思いは報われず店内へとシフトチェンジ。絶望。しかし、これが自分のターニングポイントとなる。

オーディオ担当を任される。フロア全般を見るようになり、自分の提案でお客様が購入する商品を決めてくれることに充実感を感じ始める。知識はあったため、話し方を自分なりに勉強していくうちに、周囲のフロアスタッフにも頼られるようになり、自信がつき始め、仕事がどんどん楽しくなりました。

フロア長となり鴨川店へ。たった1ヶ月ではあるが、小型店在籍で当社1位の販売実績を上げ、さらなる自信につながる。丁度この時期に結婚をし、子供も産まれ、公私共に充実した日々を送っていました。

店長代理に昇格し、新入社員のトレーナーとしても抜擢をされる。仕事に対しての責任感、やりがいも今までに無いくらい出てきた。

家庭でちょっとゴタゴタがあり、まずいまずいと思いながら仕事に身が入らない日々。

店長になるための社外研修を受け、公私ともに変にカッコつけず、自分に正直に生きることを決意する。この日から公私ともに落ち着き始め、今ではこの研修に感謝しています。

鴨川店の店長に任命される。正直、「俺が店長??」と思い自信はなかったが、やる気は誰にも負けない自信があった。自分が思う理想の店長像を目標に、仕事に没頭する。我ながら、とにかく生意気に仕事をしてきたなと思います。

館山店に異動し、充実した日々を過ごす。2015年、競合店が近くにできて厳しい状況にはなりましたが、高い目標を立て達成まであとちょっと。お客様、スタッフ、関わる全ての方々に、YellowHat館山店を好きになってもらえるよう邁進中です。

休日の過ごし方

仕事柄平日休みが多いのと、長男が小学生の為、あまり外出はせず家でゆっくり過ごすことが多いです。
子供と休みが合えば、もともと出かけることが好きなので、一緒にいろいろなところに出掛けて家族ではしゃいで過ごします。

休日の過ごし方